音楽

三島由紀夫さんの音楽を読んだ。

音楽(新潮文庫(み-3-17))

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少女期の兄との近親相姦により、美しい愛のオルガスムスを味わった麗子は、兄の肉体への憧憬を心に育み、許婚者をも、恋人をも愛することができない。麗子の強烈な自我は、彼女の不感症を癒すべく、懇切な治療を続ける精神分析医の汐見医師をさえ気まぐれに翻弄し、治療は困難をきわめる。女性の性の複雑な深淵に迫り、人間心理を鋭く衝いた、悪魔的魅力をたたえた異色作。

精神科の手記という形で、患者の1人の麗子の症状が語られます。

文学作品であったら、性はこれほど即物的な扱いをうけるおそれはなく、もっと修飾のェールがかけられると、医師が前置きしていることもあり、三島さんの耽美さが若干少ない作品です。

でも、人間性の底知れない広さと深さ、どんな怪物が出没しても不思議はない神話の森、と書いてあるので、内容は深いです。

麗子には音楽が聞こえない。

ところが、末期がんの許婚者を看護することにより音楽が聞こえるようになる。

許婚者の看護を喜ぶあなたの気持ちには、明らかに復讐が隠されていたと思っていますが、動機はどうあっても、現れた行為が美しければそれでいいのです。世間の美談の何割か、慈善的行為の何割かには、性的な原因があると考えていいでしょうが、それだからといって、それでその行為の値打ちが下がるとは言えません。

それは共依存なのか?

いやそういうわけでもないのです。

精神科医という仕事が語られる。

精神分析学は、日本の伝統的文化を破壊するものである。欲求不満などという陰性な仮定は、素朴なよき日本人の精神生活を冒涜するものである。人の心に立ち入りすぎることを、日本文化の慎ましさは忌避してきたのに、すべての人の行動に性的原因を探しだして、それによって抑圧を解放してやるなどと言う不潔で下品な教理は、西洋の最も堕落した下賎の頭から生まれた思想である。特にお前は、ユダヤ的思想の虜となった軽薄な御用学者で、高く清い人間性に汚らわしい卵を産みつける銀蠅の如き男だ。

アメリカで精神分析が流行っている理由がよくわかりますね。それはつまり、多様で豊富な人間性を限局して、迷える羊を1匹1匹連れ戻して、コンフォーミズムの檻の中へ入れてやるための、俗人の欲求におもねった流行なんですね。

なるほど、一理ある。

汐見医師は麗子に自由連想法というものを施します。

心に浮ぶままの事を述べさせ、潜在意識を顕在化し、心理的抑圧を解明する。

私はこの表現が好き。

麗子によれば、そんな肉体の不幸は、見る人の目には、ガラスのコップの底に沈んでいる一顆の真珠のように、はっきりと見透かされるものだそうだ。

あなたの体の中には黒真珠が1粒、私の体の中には白真珠が1粒

と麗子が歌うように言った。

兄の指が彼女の小さな桃色の貝殻に触れて、その貝殻が、海の遠い潮鳴りを伝えてくれることを教えてくれた。

雲の合間にのぞく日も、巴旦杏はたんきょうのような色に滲んでいた。

私の評価

哲学的な美しさがある。

後ろに参考文書が羅列してあるのだが、ドイツ語と英語の本ばかり。

三島由紀夫さんは、何国語話せるのだろうか。

やはり彼は天才である。

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