人生の大半は、くやしい思いのほうが多かったよ。

齢四十年余りを過ごしていると

人生は、

だいたい、往にして、

残念で

悔しくて

ショボくれてしまうような

ことが大半だったりする。

自分が悪くないのに

理不尽なことがある。

例えば、

パンティストッキングが

立て続けに伝線してたり、

白い服をきているのを忘れて

ミートソーススパゲッティを

食べて、

予想通り、

跳ね飛ばしたり、

やった仕事が

すべて無になったり。

ご無沙汰の彼のお誘いに

ムダ毛の処理とかしてなかったことで

別の理由で

嘘ついて、断わったりして。

罪悪感の二重鉤括弧みたいになって、

もうと思う。

だけど、

生きてる。

なんかちょっと理不尽さに

泣くこともあるし、

小さな抵抗として、

あの上司なんか

禿げてしまえばいい!と

呪ってみる。

そんな感じで

やっぱり人生の大半は、

情け無い自分にショボくれてしまう。

だけど

やっぱり生きてる。

そんなショボくれてしまう日の中を。

例えば、

ミートソーススパゲッティを跳ね飛ばさなかった

時にものすごい達成感を感じる。

なので

理不尽なことも

やっぱりあったほうがいい。

小さな達成感とか、

私しか知らない彼のおヘソの下のホクロの

こととか、

私だけの幸せも同時にたくさん知っているから。

日毎日

そんなことを積み重ねて

何のために生きるの?って訊かれて、

答えるとするならば、

その小さなことの幸せを知っているから

生きるのです

である。

たぶん()

30が斜めだと感じるのは私だけ?